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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)409号 判決 1984年5月31日

控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 太田雍也

被控訴人 石川直子

右訴訟代理人弁護士 浜秀和

同 金丸精孝

主文

原判決を次のように変更する。

(一)  控訴人は被控訴人に対し、金一八九万円及びこれに対する昭和五五年八月二九日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人のその余の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は、第一審、第二審を通じてこれを三分し、その二は控訴人の、その一は被控訴人の各負担とする。

(四)  この判決は、被控訴人において金七〇万円の担保を供したときには、仮に執行することができる。

事実

一  控訴人訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上の主張は、次のように附加、補正するほか、原判決事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決九丁裏四行目の「賃料相当損害金は月額九万円であり」を、「右賃貸借が終了していたとしても、占有者に対する使用損害金の額は右賃料相当額の月額九万円であり」と、同九行目の「造作をほどこし、クーラー等を設置して賃貸して」を「、被控訴人から賃借した建物をそのまま右訴外人らに転貸したのではなく、店舗内装をし、クーラー等の大型設備を施し、更に内部の什器備品まで揃えて、いわゆる居抜きで転貸して」と、同末行、同一〇丁表一行目の「裁判上の和解がなされたとしても、それが損害額となるものではない。」を「井上らが被控訴人に対し井上らの控訴人に対する右転借料相当の使用損害金を支払うこととした前訴控訴審の訴訟上の和解が成立しているとしても、井上らと被控訴人との間限りの合意であって、それが井上らが控訴人に対して請求し得る損害額となるものではない。また、その第一審判決が井上らに対し右訴訟上の和解におけると同趣旨の金員の支払を命じているとしても、右判決は確定するに至らなかったのであるから、控訴人をも井上らをも拘束するものではない。」と、それぞれ改める。

2  原判決一二丁裏四行目の「合意解約が成立した。」を、「合意解約が成立し、これにより同年一二月末日限り花子との間の賃貸借契約は終了した。」と改める。

三  《証拠関係省略》

理由

一  被控訴人が原判決目録(一)及び(二)の建物(以下「本件(一)の建物」「本件(二)の建物」という。)を所有することは当事者間に争いがなく、《証拠省略》及び当事者間に争いない事実によると、被控訴人は昭和四〇年頃以降本件(一)、(二)の建物を甲野花子に賃貸していたところ、花子は同五〇年五月離婚し、その頃その夫であった控訴人が右賃借権を譲り受けたこと(右譲渡が被控訴人の承諾を得た適法なものであったか否かは別として)、当時の賃料が月額九万円であったことが認められる。被控訴人は、花子との間で同五〇年中に右賃貸借契約は合意解約されたと主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はない。

二  ところで、控訴人が、いずれも昭和五二年以前に、本件(一)の建物を森田幸司及び南正子に賃料月額三万円で、本件(二)の建物中原判決目録(三)の部分(以下「本件(三)の建物部分」という。)を井上隆介に同八万円で、同目録(四)の部分(以下「本件(四)の建物部分」という。)を渡辺まさ子に同八万五〇〇〇円で各転貸したこと、控訴人が昭和五五年六月分までの右転貸料を右各転借人から収受したこと(昭和五二年七月分以降同五五年六月分までの総計は七〇二万円となる。)、控訴人が右転貸に当たり渡辺まさ子から四万円の敷金を収受していること、被控訴人が前記南、井上、渡辺を相手どり、同人らの本件(一)の建物、同(三)(四)の建物部分の各占有は不法占有であるとして各占有部分の明渡し及び昭和五二年七月一日以降明渡しにいたるまで損害金の支払を求める訴訟(東京地方裁判所八王子支部昭和五二年(ワ)第一二八八号事件。以下「別件訴訟」という。)を提起し、控訴人は南、井上、渡辺らに補助参加したが、昭和五四年五月二五日被控訴人全部勝訴の判決が言渡されたこと、南、井上、渡辺らは控訴したが(東京高等裁判所昭和五四年(ネ)第一四二七号事件)、同人ら(但し南については前記森田が利害関係人として参加)と被控訴人との間で昭和五五年七月二一日骨子左の(1)から(3)のとおりの訴訟上の和解が成立したこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。

(1)  南及び森田は、本件(一)の建物について、井上は本件(三)の建物部分について、渡辺は本件(四)の建物部分について、昭和五二年七月一日以降占有権原のないことをそれぞれ認め、同人らは被控訴人に対し各占有部分を同五七年七月末日限り明渡す。

(2)  井上、渡辺、森田は、被控訴人に対し、昭和五二年七月一日以降同五五年六月三〇日までの間の各自の占有部分についての損害金として、井上は金二八八万円(月額八万円の転借料の三年分相当額)、同渡辺は金三〇六万円(同八万五〇〇〇円)、同森田は金一〇八万円(三万円)の各支払義務あることを認める。

(3)  右(2)の支払につき、井上、渡辺、森田は、被控訴人に対し、井上、渡辺、森田が各々控訴人に対して有する債務不履行による損害賠償請求権(井上は金二八八万円、渡辺は金三〇六万円、森田は金一〇八万円)及び渡辺が控訴人に対して有する金四万円の敷金返還請求権をそれぞれ弁済に代えて被控訴人に譲渡し、譲渡手続を直にとる。

その後昭和五五年八月二八日までに控訴人に対し右(3)の債権譲渡の通知がなされたこと、井上らが右期日に右明渡しをしたことは、控訴人も争わないところである。

三  右訴訟上の和解により、井上、渡辺、森田(南)と被控訴人との間においては、井上らの右転借による建物占有が不法であること及びこれによる同人らの被控訴人に対する損害賠償義務とその額が確定し、かつ、右支払により井上らが受ける損害につき控訴人がその賠償義務を負うことが確認されたのである。

しかし、控訴人は、別件訴訟の第一審において井上らに補助参加したから、補助参加の効力はその控訴審にも及ぶが、右訴訟上の和解には参加していないから、右和解の効力を受けるものではない。そこで、控訴人と被控訴人との間で、井上、渡辺、森田(南)の前記各占有が適法なものであったか否か、不法なものであるとすればこれにより蒙った被控訴人の損害の額、井上らの控訴人に対する損害賠償請求権の存否、額等について、あらためて以下検討する。

1  井上、渡辺、森田(南)の占有権原について

当裁判所も、控訴人から井上らへの各転貸について賃貸人である被控訴人の承諾があったと認めることはできないと判断する。その理由は原判決一五丁裏三行目から一七丁表四行目までのとおりであるから、引用する。

したがって、井上らの占有は被控訴人に対抗する権原のないものであり、同人は井上らの不法占有によって蒙った損害の賠償を同人らに求めうる。

2  被控訴人の損害額

(一)  本件(一)、(二)の建物についての前記転貸借の転借料が月額計一九万五〇〇〇円であることは前述のとおりであるところ、建物を不法占有されることによってその所有者が蒙る損害は占有中の建物の利用価値の喪失であり、転借料は右利用価値を具現するものであるから、原則的、一般的には、転借料相当額と見るべきである。

この点につき控訴人は、被控訴人と控訴人との右建物の賃借料が月額九万円であるから、井上らの無断転借による被控訴人の損害も同額に限られると主張する。思うに、右主張は、一つには月額九万円の賃借料が右建物の利用価値を具現する額と見るべきであることをいうものであり、一つには被控訴人の右建物の利用価値は控訴人の賃借権によって月額九万円を収授するものと制限されているので、これを超える転借料によることはできないことをいうものと解される。しかし、前の点については現実に賃借料の額を超える額の転借料で転貸借されているのであるから、建物の利用価値は一応(後記(二)で認定のような特別な事情を除き)転借料相当額と見るのが相当であるし、後の点については、控訴人の賃借権は、同人の無断転貸により、被控訴人においていつでも賃貸借契約を解除してこれを消滅させることのできるものであるから、これについて控訴人主張のような考慮をすべきではないのであって、右主張は採用することができない。

(二)  右のとおり、建物が無断転借人に占有されたことによる建物所有者の損害は、原則的、一般的には、転借料相当額と見るべきであるが、しかし、転貸借にあたり賃借人(転貸人)が建物に造作等を加える等して建物の従前の使用価値を高め、そのため転借料が賃借料より高くなっているとか、転借料には建物の使用料以外の什器等の使用料も実質的には含まれている等の特別の事情がある場合は、転借料のうち、賃借人の右寄与に相当する分及び建物以外の使用料分を除いたものについてのみ、これを転借による建物所有者の損害とみるべきである。

本件についてこれをみるに、《証拠省略》によると、次の(1)ないし(3)の事実が認められる。《証拠判断省略》

(1) 控訴人の妻花子が本件(一)、(二)の建物を賃借した後、控訴人と花子は、右建物でバーやスナック等飲食店を営業したが、その営業のため多額の出捐をして内装を施し、クーラー、冷蔵庫、什器、備品を整えたほか、本件(二)の建物に間仕切りを設け、本件(三)、同(四)の建物部分に区分する等し、本件建物の利用価値を騰かめた。

(2) 井上らは、いずれも、控訴人らと同様の営業をするため本件(一)の建物あるいは(三)、(四)の建物部分を転借したものであるが、それは建物のみの転借ではなく、営業のための設備一切を含めた店舗をいわゆる居抜きのまま転借したものであり、したがってその転借料は単なる建物使用の対価ではなく、設備等一切を含む店舗の使用料であった(家賃領収証には、特に調度品、クーラー使用料等を含むと明記されている。)。なお、転貸借にあたって特別な権利金等の授受された証拠はなく、《証拠省略》によると、右のような金員の授受はなかったことが認められる。

(3) 一方、被控訴人と控訴人との間の本件建物の賃料は当初月額三万五〇〇〇円、昭和四五年同七万円、同五〇年頃同九万円と、当初の新規賃料が順次経済変動に伴って増額され、格別低廉なものではない。

(4) 右の(1)から(3)の事実によると、昭和五二年七月以降の賃料が月額九万円であるのに対し転借料が同一九万五〇〇〇円と高くなったことについては、控訴人らが本件建物のバー、スナック等としての利用価値を高めたことが寄与しているとともに、転借料に建物以外の物の使用料が含まれているからであると認められるところ、右転借料と賃借料の差額月額一〇万五〇〇〇円のうち少なくとも半額五万二五〇〇円は、控訴人らの寄与と建物以外の物の使用料と認めるのを相当とする。そうすると、被控訴人の損害となるもとの建物のいわば本来の転借料は月額一四万二五〇〇円であり、昭和五二年七月以降同五五年六月分までの計は金五一三万円となる。

3  井上、渡辺、森田(南)らの控訴人に対する損害賠償請求権と被控訴人への譲渡

既述のところによると、控訴人は、被控訴人の承諾を得ずに井上らに本件建物を転貸したのであるから、井上らがそのため蒙った損害につき債務不履行として賠償責任を負うのであるが、前記訴訟上の和解によると、被控訴人と井上らは、井上らが被控訴人に支払うべき損害賠償相当額についてこれをそのまま井上らの控訴人に対する損害賠償請求権であるとしてこれを被控訴人に譲渡したことが明らかであり(敷金返還請求権の点は後述)、右和解の趣旨によると、前者の損害金債務が前述のとおり金五一三万であると、後者の損害賠償請求権も同額としてこれを譲渡するものであったと認められるから、井上らの控訴人に対する損害賠償請求権も金五一三万円であり、井上らはこれをそのまま被控訴人に譲渡したものと認められる(なお、少なくとも右債権譲渡により井上らの控訴人に対する損害賠償請求権は現実化しているとみられる。)

四  上述したところによると、被控訴人は、控訴人に対し金五一三万円の債権を取得したところ、控訴人がうち計金三二八万円の弁済をしたことは当事者間に争いがないので、被控訴人は控訴人に対しその残金一八五万円の支払を求めうることとなる。

五  被控訴人の控訴人に対する固有の損害賠償請求について

井上、渡辺、森田(南)らの本件建物不法占有により被控訴人が蒙った前述の損害については、井上らに右建物を無断転貸した控訴人も直接に被控訴人に対してその賠償責任を負うべきであるから、被控訴人が控訴人に対し固有の損害賠償請求権を有することは明らかである。また、同請求権と被控訴人が井上らから譲り受け本訴において請求している同人らの控訴人に対する損害賠償請求権は、一応別個の請求権である。しかし、更に考察すると、既述のように被控訴人が井上らから前記請求権を譲り受けたのは、被控訴人の井上らに対する前記損害賠償請求権の支払に充てるためであるところ、右各請求権に対応する井上らの被控訴人に対する右損害賠償債務と控訴人の被控訴人に対する前記損害賠償債務は一個の不法占有による被控訴人の同一損害の填補を目的とする不真正連帯債務であって(被控訴人もこの点は認める。)、結局、被控訴人の控訴人に対する右譲受債権の請求と右固有の損害賠償の請求とは、被控訴人にとって全く同一の経済的利益の回復を目的とするものであるから、被控訴人において右両請求をともに究極的に実現してその合算した金額の支払を受けうるものではないのである。右のような両請求の性質、関係と弁論の全趣旨によると、本訴における両請求は選択的併合であるといわなければならない。そして、それらはその性質上同額のものと認められるところ、前述のように被控訴人の右譲受請求権に基づく請求が認められるのであるから、右固有の損害賠償請求について判断の要はないというべきである。

六  敷金返還請求権について

控訴人が本件(四)の建物部分の転貸につき転借人渡辺から金四万円の敷金を受領したこと、前記訴訟上の和解により渡辺が右敷金返還請求権を被控訴人に譲渡したことは当事者間に争いがなく、その通知が昭和五五年八月二八日までになされたことも控訴人の争わないところである。

控訴人は、渡辺より右建物部分の返還を受けていないから敷金返還義務の履行期は未到来である旨主張する。たしかに、敷金返還請求権は、賃貸借契約が終了し、賃借人が賃貸人に目的物件を返還した時に具体的金額も定まり、履行期も到来するのであるが、しかし、転貸借が賃貸人に無断でなされたため転借人が賃貸人に対し目的物を直接返還するにいたった場合は、右返還の時に転借人の転貸人に対する敷金返還請求権の履行期は到来すると解すべきである。そして、既述のように、渡辺は被控訴人に対し昭和五五年七月末日本件(四)の建物部分を明渡しているのであるから、遅くもその以後控訴人に対し右敷金返還を請求しうるのである。

七  結論

以上の次第であるから、被控訴人の本訴請求は、井上、渡辺、森田からそれぞれ譲り受けた同人らの控訴人に対する債務不履行に基づく損害賠償請求権残債権の計として金一八五万円及び右渡辺から譲り受けた敷金返還請求権金四万円(計金一八九万円)、並びにこれらに対する債権譲渡通知が完了した日より後の日である昭和五五年八月二九日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、これを認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきことになる。

よって、右の趣旨に従って原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田尾桃二 裁判官内田恒久、同藤浦照生は、いずれも転補につき、署名、押印することができない。裁判長裁判官 田尾桃二)

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